世相
平成21年 夏
- 2009年08月
「はだし、本田宗一郎」
インド各都市の郊外、朝な夕な学校への往復ですれ違う子供達の半数以上は裸足だ。痛々しくも見えるが、生まれた時から裸足なのだろうから余計なお世話なのかも知れない。それとも半数程度はゴム草履などを履いているので、「僕も欲しい」などと親にねだっているのだろうか? 本田宗一郎の自著の中に、小学校に通う頃、わら草履を自分で作ると、子供故締め加減が甘いので濡れるとすぐにぶよぶよになって往生したが、見かねた祖母が作ってくれた草履は力が入って締まっているので長持ちした、という回想録があった。郊外のインドではまだそんな頃の風景が見られるのである。夕暮れ時、嬉々としてはしゃぎながら家路を急ぐ裸足の子供達を見て居た時、何故か本多宗一郎のその一説とその光景が重複し、やはり未来は明るいと強く感じた。
「答えは両方」
人生は一回こっきりのドラマだ。過ぎ去った過去は戻らずやり直しはきかない。前に進むしかない。そして人生はその人個人の物、誰の物でもない。自分の生きざまは自分で決め
れば良い。長くゆるやかに生きるか、激しく短期で生きるか。養生専心か、多少無謀でも波瀾万丈か?医者は時として養生して長生きを薦める。あまりに強引で閉口することもあるが、それも人生の選択としては正しい。つい先だって亡くなった日清食品の安藤百福社長は五十歳近くで創業し、百歳に手が届くまで現役社長だった。「元気に生きて元気で死にたい」がモットーだった。生涯のフーテン壇一雄はその逆、著作「火宅の人」に詳しい(それでも六十四歳まで生きている)。芸能人の多くは短命波乱万丈型が多い。長く生きるのが良いのか、短命でも良いのか、人それぞれの人生でそれぞれが決める事だ。従って、答えはどちらも正しい。
「インド・ムンバイ」
昨年暮れのインドムンバイの爆発テロ事件、私が頻繁にインドに出張しているので、何人もの方から留守の会社に電話を頂戴した様だ。幸運な事にその時、インドではなくタイの展示会でアテンド中だった。もっとも、残念ながらムンバイ市内には機械関係の用事はほとんど無く、かく言う私も市内には過去2回しか足を伸ばした事がない。市内のホテルに宿泊した事も無い。仮にもし泊まったとしてもテロの標的になった一泊五万円もするだろう五つ星ホテルに泊まるはずも無いし、、、そう言って後日電話を頂戴した方には笑いながら話したものだが、それにしてもタジホテルを標的にしたのは私としてはちょっと残念ではある。イギリスの植民地時代、地元インド人は高級ホテルの宿泊を拒否され、それを遺憾に思ったタタ財閥の祖が苦労して作ったタジホテルである。タジホテルはある意味植民地の隷属下にあった各国が目指した民族自立のシンボルでもある。当時はインドもパキスタンもスリランカもバングラディシュも、みんなイギリスの植民地と言う同じ虐げられた環境下だった。独立は思うようにははかどらない。絶好のチャンスは第二次世界大戦終結後にやってきた。しかしながら残念な事に、相容れぬ対立した宗教は、インド・東西パキスタン(東パキスタンは現在のバングラディシュ)・セイロン(当時)というそれぞれ別々の国家を生むことになり、その分離独立の過程では各宗教間での血で血をあらう紛争があった。現在のパキスタン側に居住していたヒンズー教徒、逆のインド側に居住していたイスラム教徒の相互の待避時の虐殺は壮絶なものであったのであるが、日本では多くは知られていない。この紛争はいまだカシミールの地域で尾を引いているのだが、今回のムンバイテロもその流れを引いている。長く民族自立のシンボルであったタジホテルは遺憾ながらそのテロの標的になってしまった。
「カレー、焼きそば、チャーハン、ウスターソース」
時代と共に食生活の内容や味の好みは変わってくるのだが、食材や料理のバラエティーは勿論経済の発達発展と比例するものだ。子供の好物は、スパゲッティー、カレーライス、ハンバーガー、ピザパイ、ハンバーグステーキなどといったところだろうか。かく言う私も両親とデパートに買い物に連れられて行った時のレストランでの定番はスパゲッティーナポリタンかカレーライスだった。子供の頃自宅でつくってくれたジャガイモ一杯カレーには普通ウスターソースをかけたものだ。味が濃厚になって、ご飯がもっとたくさん食べられる様になる。チャーハンにもびじゃびじゃとウスターソースをかけた。焼きそばはもともとソース焼きそばで味のベースはウスターソースなのだが、これにもかけたものだ。
実はインドに行くと、カレーは勿論の話だが、フライドライスというチャーハンやハッカ(客家か?)ヌードルという焼きそばに近い料理がしょっちゅう出てくる。これらに持参のウスターソースをかけると、昔懐かしい味になって俄然食欲が出るのであるが、一緒に同行する若い社員達に勧めてもそうはしない。それらにウスターソースをかける習慣が無いというのである。家内にそれを話したら、今時カレーやチャーハンにソースをかける若い人がいるわけがないじゃないかと一笑に付されたものだ。
「インド、プロパン、ピックアップトラック」
インドの町中からちょっと郊外に出るとピザパイの生地の様な物が沢山天日に干してあるのを見かける。これは素材からして食べられない、調理用の燃料だ。素材は牛のウンチ。そんなので調理されたら食欲も失せそうだが、燃料になる木が少ないから仕方無い。勿論プロパンガスの様な文明の利器はちょっと郊外に出てしまうと手に入らない。昭和三十年代に日本で結構使われていた石油コンロも無い。しかし天日干しのこのブツは入手が簡単な超自然エネルギーである事は間違いない。なにしろインドでは牛は神の使い、道路に出て来て困るほど、そこここにうじゃうじゃ居るから後ろから出てくる物は際限なく手軽に入手出来る。
やがて経済が発展すればプロパンガスが普及して行くのだろう。となると途方もない程の数のボンベが必要となってくる。
インドは屈指の農業国だ。米を主とする穀物や野菜類、綿花など工業材料等々。ちょっと郊外に出ると行けど尽きぬ畑や田んぼだ。アメリカの広大な農村部ではピックアップトラックが重宝で大きな需要がある。日本では面積が小さいし、道も狭いので軽トラだ。タイでもピックアップトラックは大きな需要があるし、昨今タイはピックアップトラックの輸出国となっている。
インドでは、まだ牛車も見かける。ピックアップトラックもあるが、タタ製以外はあまり見かけない。軽トラックはほとんどない。しかし得体の知れない三輪トラックは沢山ある。
経済発展につれてピックアップトラックや軽トラックの需要が増加するのではないだろうかと思っている。
実は、プロパンボンベもピックアップトラックにも弊社は関係があり、双方の需要が早く惹起されないかと首を長くしているところだ。
「マレーシア機械展示会・展示会商法」
年間何カ国も展示会に出展している中にマレーシアがある。基本的に弊社の製品は鍛造、それも熱間や温間鍛造主体の客先が御使用になる鍛造プレスなので、自動車や二輪車の部品サプライヤーが販売のターゲットになる。マレーシアではプロトンとブルドワという自動車メーカーがあるので、極く少数の鍛造会社が存在している。
経済不振の中、今年の展示会は日本の大手工作機械メーカーがほとんど出展を中止したので展示会の建物の一棟はついに使われる事がなかった。ところが、来場者数はさほど減少しなかったので、弊社の小間には例年より多数の来訪者があり、カタログが不足するという皮肉な事になってしまった。大型工作機械の出品があまりなかったので、本来ならそこで滞留すべき客足が他の小間に移ったのであろう。普通だったら来るはずもなく通り過ぎるVIP巡覧も、有り難い事に弊社小間の前で足を止めてくれた。
なんと過去ひっかかりもしなかった鍛造メーカーが3社もかかった。失礼な言い方だが、展示会は何しろ買っていただける可能性のある会社をいかに探し出すかのツールの一つなのである。展示会で探しだして、アフターフォローをし、販売につなげるというわけだ。
実はタイの懇意な自動車部品のアフターパーツメーカーも同じ様な手法をとっている事が判った。あの広大なアフリカで、量はさほどはないがたくさんの種類のアフターパーツを販売している実績がある。例えばトヨタカローラの何年前の形式のバンパーだとか、バネだとか、違った年式の物とか、何しろ古い車がうじゃうじゃ走っている、その全ての種類が対象だから、商売としては結構成り立つはずだ。ただ、どうやってあの広いアフリカに販売網を構築しているのかというと、はやり展示会に出展して代理店を見つけている。
マレーシアの展示会は曲がりなりにも開催されたのだが、先だって予定されていたシンガポールは、日本の工作機械メーカーがごそっと抜けてしまったので、展示会そのものが成り立たなくなり中止に追い込まれたとの事。マレーシアはローカルの参加が何とかがんばったのだろう。景気が悪くなると展示会の出展社はこぞって減少するのが常なのではあるが、そんな惨状の中にも色々商機はころがっている。
「ロシア展示会、ロシア語、中古車」
こちらも懲りもせず、昨年に引き続きモスクワの展示会に出展した。
展示会全体の出展総小間面積は、ざっと昨年の半分で、ヨーロッパの景気の悪さが実感された。残念ながら訪問者数さえも昨年と比べると少なかった。広いロシアからあまり出てこられなかったのではないかと思っている。
モスクワでも懇意な人脈ができはじめた。前回に引き続き色々と助けてくれたセルゲイさんは、ロシア政府が定めた日本の中古車輸入禁止に大憤慨。日本から直接輸入された中古車は右ハンドルである事と、車内そこここの日本語の表示で一目瞭然で、海外で生産されたの同種の車とは完璧に区分けされるのであるが、同じ中古でも日本で製造された中古の方が故障が少なく持ちが良いのだそうだ。信じられないがどうも本当らしい。恐らくは、個々の部品の精度の問題が大きな原因なのでは無いかと推測している。一ロット内における不良品の混入という事かも知れない。
ロシア語のアルファベットの発音は、英語などとまったく違うものがあって面食らう事がある。写真のメトポとあるのはメトロ、ペクトパーはレストランと発音する。信号の下のサインはストップ、カパオケはカラオケ、つまりPはR発音、CはS発音HはN発音するのである。ちなみに小文字のnとばかり思っていたのはPでした。
モスクワ市内の多くでは横断歩道以外の道を違法に横断する人をあまり見かけない。モラルが良いと感心していたが、ところが実情出来ないのがわかった。主要幹線は片側五車線とか九車線だ。片側だけである。自動車は猛スピードで飛ばしている。日本の高速道路を横断する以上に度胸が必要なのが判った(写真8)。
御多分にもれずモスクワも車が増加し駐車場不足。ほとんどの歩道は駐車場と化し、従って車が歩道を通行し、人は車道を歩くという笑えない事実が出現している(写真9)。いずれ誰かの資金源としてパーキングメーターが出来るのであろうか。
「檄」
弊社も若い工場従業員が増えるに従って、ものづくりの神髄を伝えるのに不備が目立ち、最近次の檄を飛ばしたところだ。
作った製品は自分の娘と思い、真心を持って仕上げろ
娘は全部客先に嫁いで行く。嫁ぎ先で恥を掻かせるな。真心を持って育てろ。機械に命の息を吹き込め。
人生では、子供を育てる過程で人格がより深く形成される。人生をより深く実り豊かにする。子供を育てた経緯が無い人間に、良い機械は作れないのかも知れないが、良い仕事をするには、人間としての生活の豊かな良いバックグラウンドが必要だ。それは豊かな家庭だ。社員には皆豊かな家庭を築き、豊かな人生を送って欲しい。ただ豊かな家庭を築くには十分な金銭的裏付けが必要だ。それはあなた達自身の前向きな努力にかかっている。
真心のある製品を作れるのは、日本だけだ
徳川二百六十年間の長い豊かな孤立した時代に、日本の特質が形成確立された。その一つは心のこもった職人の技だ。この真心の技はまだ連綿として今の日本に存続している。この火を絶やしてはいけない。同じ図面で作った自動車であっても、日本の工場で作った物と、海外の工場で作った物は出来が違う。故障しない。長持ちする。中古車を多数買う海外諸国で実証されているから事実だ。紛れも無い、日本が誇れる優位性だ。心のこもった製品を作れるのは日本の技術者だけ。なお、海外の人にはそれが出来ないし期待してはいけない。
最後の組立工程が機械の善し悪しの成否を握る
流れ生産の自動車や家電では、組立て前の部品は全部完璧パーフェクトという条件だ。従って、マニュアル通りにそれぞれの部品を迷う事無く素直に組立てさえすれば良い。トルクレンチなども使用し、誰がやってもマニュアル通りに作業すれば良いし問題も発生しない事になっている。なぜなら要所要所に厳しい検査管理システムがある上に、誰が組んでも皆均一で無ければならないという手法だからだ。
弊社の単品生産システムではそれは当てはまらない。検査工程を厳密に確立させる事は難しい。機械加工をする人が正確な寸法精度と仕上りで加工し、組立てする人が組立てしながらチェックする必要がある。全部職人としての勘にゆだねられる。
嵌めたときのガタつきにより嵌め合い精度が良いかどうか感じる。
部品の表面をなでて、粗さを確かめ善し悪しを判断する。
指でさわって、カドのRやC、加工時のカエリなど無いかチェックする。
ヤスリの乗り具合で硬さの判断をする。
延長したパイプの反発具合でボルトやナットの締め具合、トルクを判断する。
運転時の音や振動、臭いや動きなどで不具合を感じる。
等、沢山あるが、これらを、音・面・動と言う。
五感を磨け!五感が唯一頼りになる様に、腕を磨けという事に収斂する。但し少なくとも十年はかかる。
何とかと、鋏は使いよう
使い手が試されているのだ。使う人がだめならどんな物・どんな人物でも役立たずになる。
使い手がよければ、ゴミも生まれ変わる。すべて使い手次第である事を肝に銘じるべきだ。
発展途上国の若者とは勝負にはならない
高度に洗練され標準化したNC工作機械と、マニュアル化された標準作業では、数字に強いインドの若い連中や、時間を問わずハングリーなベトナム、中国などの若い連中に、我々日本の若い連中がかなうはずがない。負けるに決まっている。勝てるチャンスがあるなら、先に述べた真心だ。それからマニュアル文章に書けない勘の世界にある技術。日本人が勝負に勝てるのは、これからは、職人の勘に基づく洗練された技(わざ)しかない。これは誰にも盗めない、頭と触覚と感性とみんな自分の体の中にあるのだから、絶対誰にも盗む事は出来ない。
「好況不況、イソップ物語」
アメリカの貧乏人は買い物が大好き、だけど金が無い、自動車も欲しい、家も欲しい、だけどやっぱり金が無い。そこにつけ込んで悪徳金貸しがどんどん金を貸す。なぜなら借金の証文と借金の債権が結構売れてしまい、自分には取り立て不良のリスクが無いから。債権はまた別の所に売れ、みんなで渡れば怖くないと、借金がどんどん膨れた。日本も中国もインドも、これに目をつけ、アメリカ人が欲しい物をどんどん輸出し上手い汁を吸った。
ところが無い物は無い物、あぶくでしかなかった。悪い噂が噂を呼び、金貸しも貸し渋りをはじめ、貸したお金は急遽回収、一挙に泡が消えた。アメリカという大消費市場が一挙に消えてしまい、日本も中国もインドも商売が出来なくなった。それぞれの国がどんどん悪い方へ回転を始め、輸出が減った上に国内消費も冷え込んだ。こんな所がアメリカのサブプライムローン破綻に端を発した世界不況の実情だろう。金貸しがやはり悪い!アイスランドも金貸しに踊らされた。漁師の国がそんなに一挙に高度発展する馬鹿な事があるはずがないだろう。翻って冷静に分析すれば判っていたことではある。しかし金貸しはしこたま儲けたものだ。大損もこいたが、一挙に残った投資金を回収した。その結果世界中が不景気のるつぼに叩き込まれたのである。嵐も過ぎればだが、そろそろまた次の投資先を策定し始めた。雀百まで踊りを忘れず。投資家は投資しか趣味が無いのではあるが、悪いやつらだ、、、と職人の私は思っている。
キリギリスは寒さの中、凍えて死ぬばかり。蟻は、寒さの中でも蓄えがあり、なんとか生き延びるだろう。ヨーロッパが没落し、アメリカが舞台となり、アメリカの舞台も今は水浸し。これからは間違い無くアジアの時代だ。外交下手の日本は役立たずだが、中国とかそのしたたかさだけには舌を巻く北朝鮮に、精一杯西側諸国に対し突っ張ってがんばってもらおうじゃないか。日本は脇役でのんびり余録を貰うだけでいいんじゃないか? 表に出るのが全てではないと私は思っている。氷漬けの今年前半が終わりました。後半に溶解沸騰するかしないか?貴社の御健闘をお祈りします。